2017年のこと。午前3時14分、私は主寝室のバスタブのふちに座っていた。履いているのは、左膝にどう見ても怪しい黄色いシミがついた夫のグレーのスウェット。胸には、生後2週間のマヤがギャン泣きしている。洗面台の端には昨日から放置されたコーヒーが完全に冷めきって、まるで私をあざ笑っているかのよう。そして泡ハンドソープのボトルの横には、画面の割れたiPadを立てかけ、画質の荒い『愛してるぜベイベ★★』のエピソードを流していた。

2000年代初頭のこの名作アニメを知らない人のために説明すると、設定がかなりぶっ飛んでいる。主人公の結平(きっぺい)は遊び人の男子高校生なんだけど、ある日突然、5歳の従妹・ゆずゆの世話を任されることになる。ゆずゆのお母さんが心を病んで、彼女を置いて失踪してしまったからだ。結平は育児の知識なんてゼロ。髪の結い方も、ご飯の作り方も、泣き止ませ方も全くわからない。保護者としては、控えめに言っても完全なるポンコツだった。

吐き戻したミルクと絶望の匂いを漂わせながら暗闇に座っていた私は、ある恐ろしい事実に気がついた。私が、結平だ。この右も左もわからないアニメの男子高校生と、私は完全に同じじゃないか、と。

Exhausted mom watching anime on an iPad in the dark while nursing a newborn baby

「母性本能」なんて完全に都市伝説

子どもを持つ前、私の頭の中には「出産前と出産後」の完璧なファンタジーが出来上がっていた。スマホを眺めては、Instagramでバッチリメイクのママたちがオーガニックのサワードウパンケーキを焼き、その横で幼児が静かに木製パズルで遊んでいる動画を見て、「私の人生もこんな風になるんだ」と本気で信じていた。

「母親になる」ということは、分娩室で生物学的な何かが自分にダウンロードされることだと思っていた。赤ちゃんを産み落とした瞬間、宇宙から「コリック(黄昏泣き)の赤ちゃんのなだめ方」のデータが前頭葉に直接インストールされるのだと。いや、そんなの完全にただの妄想だった。

生後1ヶ月健診のとき、かかりつけのアリス先生はこう言った。「母性本能なんて、赤ちゃんが泣いている理由を魔法のように理解できない母親たちに、『自分はダメな母親だ』と思い込ませるために社会が作り出した幻想にすぎない」と。先生曰く、本当に大事なのは「サーブ・アンド・リターン」だけだそうだ。つまり、逃げずに向き合い、泣き声に耳を傾け、うまくいくまで50通りの方法を試すこと。あなたはまだこの子のことを知らないし、この子もあなたのことを知らない。お互い、ガス抜きの薬がどう効くのかを探り合いながら、一つ屋根の下に閉じ込められた赤の他人同士みたいなものなのだ。そう、結平だって親のやり方なんて知らなかった。それでも彼は、ひどい失敗を繰り返さなくなるまで、毎日毎日ゆずゆと向き合い続けたのだ。

分離不安は、親のメンタルも削ってくる

ちょっとここで愚痴らせてほしい。なぜなら、我が子に泣いて求められることが、どれほど物理的な胸の痛みになるか、誰も教えてくれなかったから。アニメの中で、小さなゆずゆはお母さんが作ってくれた古くてボロボロのパジャマを握りしめ、毎晩泣きながら眠りにつく。あれを見るのは本当に胸が張り裂けそうだった。

Separation anxiety will actually break your brain — Aishiteruze Baby And The Massive Lies I Believed About Motherhood

マヤが生後6ヶ月で保育園に通い始めたとき、朝の送りは文字通りこの世の地獄だった。私は、子どもなんて親が離れたら3分くらい泣いて、その後はケロッとしてブロック遊びを始めるものだと思っていたのだ。大間違いだった。マヤは怯えた小さなクモザルのように私の首にすがりつき、吐くまで泣き叫んだ。

ネットのどこかで「移行対象」についての記事を読んだ。それは要するに、親の匂いがするものを子どもに持たせて安心させるというものだ。そこで私はちょっと変わった作戦に出た。毎朝コーヒーを飲みながら未読メールの山にパニックになっている2時間ほどの間、自分のスウェットの下にKianaoのオーガニックコットン ベビーボディスーツを着るようにしたのだ。私の汗と焦りの匂いがたっぷり染み込んだところで、保育園に行く前のマヤに着せる。すると信じられないことに、これが本当に効果てきめんだったのだ。

正直、このボディスーツは本当に気に入っている。安物のまとめ買いパックみたいに、洗濯したら硬くて変な四角形に縮んでしまうこともないし、マヤがいつも膝の裏に作っていた湿疹を刺激しないほど柔らかい。あのカオスな保育園の教室に、私の一部を一緒に連れて行ってくれるお守りになってくれた。

大変な現実をごまかして、子どもに嘘をつかないで

アニメの中で、結平が「お母さんはもう戻ってこないかもしれない」という現実からゆずゆを「守る」ために、真実を隠そうとする展開が何度も出てくる。でも、それはいつも最悪の形で裏目に出る。ゆずゆはただ混乱し、自分自身を責める結果になってしまうのだ。

かつての私は、母親としての唯一の仕事は「人間の盾」になることだと思っていた。すべての悪いこと、悲しい感情、大人のストレスから、レオやマヤを完全に守り抜くことだと。

しかし、この話をアリス先生にしたとき、先生は笑ってこう言った。「子どもというのは、本質的に超高感度な感情のエスパーなんですよ」と。彼らは住宅ローンの金利上昇というニュアンスや、おじいちゃんとおばあちゃんがなぜ口をきかないのかという理由は理解できないけれど、ぶどうを切っているときの親のあごの緊張感は100%察知している。先生曰く、私たちが子どもに嘘をつくと(たとえ言わずに隠すだけでも)、子どもはその空白を自分の不安で埋めようとし、たいてい「自分のせいだ」と思い込んでしまうらしい。だから、簡単な言葉で真実を伝えるだけでいい。「ママは今日お仕事ですごく悔しいことがあったから泣いているの。でもあなたのせいじゃないし、もう大丈夫だよ」と。それで終わり。次へ進もう。

もしあなたも、自分自身の世代間トラウマを断ち切ろうと奮闘しながら、毎朝歯を食いしばってルーティンをこなしているなら、まずは深呼吸しよう。そして、オムツ替えのたびに髪をかきむしりたくなるようなストレスを軽減してくれる、柔らかくて快適なオーガニックベビー服コレクションを覗いてみてほしい。

保育園のお弁当をめぐる、ばかばかしいプレッシャー

アニメでは、ゆずゆのお弁当が可愛くないからと幼稚園でいじめられるエピソードがある。そこで結平は夜明け前に起き出し、見栄えの良い伝統的なおにぎりの作り方を猛特訓するのだ。

The absolute ridiculousness of preschool lunch politics — Aishiteruze Baby And The Massive Lies I Believed About Motherhood

私が「母親になったら絶対にやる」と信じて疑わなかったリストはこれだ。

  • 誰よりも早く朝5時に起きて、瞑想とヨガをする。
  • 完璧にコーディネートされた、シミひとつないナチュラルカラーの服を着せる(TikTokでよく見る、あのイケてるニュートラル系ベビーの美学)。
  • お弁当用に、フルーツを手作業で森の動物たちの形に飾り切りする。
  • 夕食に冷凍チキンナゲットを出すなんて絶対にしない。

現実はどうかって? レオは、9割がパンの耳じゃないターキーサンドイッチを食べられたらラッキーな方だ。毎日午後に2時間、画面を見せずにじっくり知育遊びをしようと意気込んでKianaoのジェントルベビー ビルディングブロックセットを買ったこともあった。まあ、悪くはない。パステルカラーも可愛いし。でも正直なところ、レオはその四角いブロックを猫に向かって投げたり、暗闇で私がつまづくように階段の下に放置したりしているのが関の山。木のおもちゃを買ったからといって、魔法のように「Pinterestに出てくる完璧なママ」になれると期待してはいけない。

静かな子どもたちに目を向けて

あのアニメ全体を通して一番重い展開は、ゆずゆの友達の翔太くんが家庭で虐待を受けていて、大人よりも先に子どもたちが「何かおかしい」と気づくエピソードだ。

マヤが学校に通い始めるまで、こんなことはあまり考えもしなかった。自分の子どもの成長(歩いただの、喋っただの、噛みついただの)にばかり夢中になって、彼らが「それぞれに重い事情を抱えた小さな人間たち」からなる生態系の中で生きていることを忘れてしまうのだ。

自分の家を一種の「避難所」にする必要があるのかもしれない。遊びに来た子が不自然にお菓子を隠し持っていたり、ビクッとしたり、ただ静かな隅っこを必要としているときに気づける母親にならなければいけない。あるいは、歯ぐずりでパニックになって泣き叫ぶ我が子を抱えているだけかもしれないけれど。レオの歯が生え始めたとき、私たち家族全員がノイローゼにならずに済んだのは、Kianaoのパンダの歯固めのおかげだった。大げさじゃなく、私はこれを自分の緊急用アイスコーヒーのすぐ隣で冷蔵庫に常備していた。表面に凹凸のある竹のような部分だけが、私の鎖骨の代わりに彼が猛烈に噛みつける唯一のアイテムだったからだ。

母親でいるということは、期待値を岩盤にぶち当たるまで下げ続け、その泥だらけの場所で、とっ散らかっているけれど美しい生活を築き上げることだ。ささいな成長の遅れにパニックになったり、子どもの人生を完璧に演出しようとしたりする代わりに、カウンターに残った冷めたコーヒーをマグカップに注ぎ、私たちのコレクションから歯固めおもちゃを手に取って、今日の午後をなんとか生き延びてほしい。

疲れ切って考えすぎているあなたへのFAQ(よくある質問)

自分がまるでモンスターのように感じることなく、保育園の分離不安を乗り切るにはどうしたらいい?

正直に言うとね、車の中で泣くこと。これがステップ1。でも真面目な話、お別れの時間は超短くすること。悲しそうな目をしてドアのそばをウロウロしないこと。子どもは親の罪悪感を敏感に嗅ぎ取るから。自分の匂いがするもの(シャツや小さなブランケット)を渡して、ロッカーにしまわせてあげて。それに、親の車が駐車場を出た瞬間に子どもは泣き止むのが普通だと、私のかかりつけ医も言っていたから安心して。

家庭内のトラブルを子どもに隠すのは本当にダメなこと?

イエスでもあり、ノーでもある。自己破産寸前の詳細な財務状況を4歳児に説明する必要はないけれど、なぜみんながピリピリしているのかは説明してあげる必要がある。もし「パパとママは喧嘩しているけど、あなたのことは大好きだよ」というシンプルで退屈な真実を伝えないと、子どもは自分の頭の中で恐ろしい真実を勝手に作り出してしまうから。

いじめられないように、保育園には見栄えの良いお弁当を作らなきゃダメ?

絶対ノー。それが心からの喜びじゃない限り、星の形にチーズをくり抜くために朝5時に起きるなんてやめて。子どもなんて、放っておけば泥だって食べる生き物なんだから。先生から恨まれないように、子どものベタベタの小さな手でも簡単に開けられるものを詰めておけばそれで十分。

子どものお友達に違和感や不安を感じたらどうする?

その感覚は大事にして。単に5歳児で衝動が抑えられないだけの場合もあるけど、家の中が怖くて荒れている場合もあるから。いつでも安全なおやつがあって、ダメなものはダメという明確なルールがあって、話を真剣に聞いてくれる大人がいる家であり続けること。世界を救う必要なんてない。ただ、火曜日の午後に立ち寄れる安全な場所になってあげて。